メニューへジャンプ本文へジャンプ
.

資料詳細

最初 前 次 最後
西郷隆盛終焉の地
拡大
前の画像   次の画像
1 / 3 ) 

資料名:西郷隆盛終焉の地
さいごうたかもりしゅうえんのち

分類:文化財-市指定文化財-記念物(史跡)
制作年:1877  19  明治
地域:城山町
所管:鹿児島市
キーワード:記念物 西郷隆盛 山本徳次郎 市指定文化財 史跡 西郷どん関係

解説:
 明治10年(1877)9月1日,熊本,大分,宮崎と各地を転戦した薩軍は再び鹿児島へ帰ってきた。
 一時混乱した官軍も次第に薩軍を城山へ追いつめ十重二十重(とえはたえ)に包囲した。
 やがて官軍の砲撃が激しくなると,薩軍は本陣を岩崎谷の洞窟へ移し,ここで西郷は最後の6日間を過ごした。
 9月24日未明,官軍の総攻撃が始まると,西郷は桐野利秋,村田新八などの諸将(しょしょう)とともに岩崎谷を下って行き,谷の入り口付近で銃弾を受け歩けなくなったので,「晋どん,晋どん,もうここでよか」と別府晋介に介錯を頼み,自決(じけつ)した。
 明治32 年(1899)に西郷終焉之碑(さいごうしゅうえんのひ)が建てられ,昭和49年(1974),鹿児島市の記念物(史跡)に指定された。
(鹿児島市史跡めぐりガイドブック五訂版 109ページ)